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呉服のいちこしヒストリー?その3

ブログ 2026年9月19日

ファッションとして「楽しむ着物」はじめてみませんか?

Vol.3499

 

 

本日は、『呉服のいちこしヒストリー?その3です。

 

 

 

岡崎市の「呉服のいちこし」

和装を選ぶ楽しさと、纏う喜びを

全力サポートいたします。

 

 

ご訪問ありがとうございます.

 

 

 

昨日から今日に掛けて東海地方では、

雨続きだった日と打って変わって晴天

で気持ち良い朝を迎えました。

 

 

 

でも、日中は気温30度の「夏日」の

予報で、それはそれで身体に堪える

熱さになりますね( ;∀;)

 

 

 

そんな今日のブログは、昨日の続き

「呉服のいちこし」ヒストリーを

記事といたします。

 

 

 

昨日は、叔父の息子さんが、呉服の

勉強から帰ってきて「呉服の一越」

に入社した所まででした。

 

 

あっ、その前に叔父と父兄弟との

共同経営となった最大のメリット

が、あります。

 

 

 

父もよく話していましたが、それ

までのお取り引き先は、名古屋の

問屋さんばかりでした。

 

 

 

何も、名古屋の問屋さんで支障が

あった訳では、ありませんが叔父は

京都の問屋さんとお取り引きがあったのです。

 

 

 

呉服は、何と言っても「京都」が

本場ですので、父が叔父の品物を

見た時の衝撃は、いかばかりか?

 

 

共同経営になってからは、京都と

名古屋の問屋さんとを上手に使い

分けてのお取り引きとなった様です。

 

 

 

当時の呉服業界は、右肩上がりの

時代でしたが、新しく問屋さんと

お取り引きするには、中々難儀。

 

 

 

また、どの問屋さんとお取り引き

すれば良いのか、今のような情報

もありませんので、難しかったでしょう。

 

 

 

それが、共同経営になったとたん

京都の問屋さんの品物が扱えて

仕入にも行くことが出来たのです。

 

 

 

後でも、お話ししますが、京都の

問屋さんは「全国区」でそれこそ

北海道から九州・沖縄まで得意先があります。

 

 

 

「名古屋」の問屋さんは、地方問屋

と呼ばれ、その地区の得意先しか

ありませんでした。

 

 

 

ですので、叔父の息子さんが呉服の

勉強に行った先は、大阪・心斎橋の

名の知れた超一流店。

 

 

 

大抵の場合、呉服屋の子息の勉強先は

問屋さんにお願いをしてご縁を繋いで

いただく事が多いのです。

 

 

 

そしてもし、これが名古屋の問屋さん

しかお取り引きが無ければ、東海地方

の小売屋さんに行く事となります。

 

 

 

勿論、東海地方にも超一流店は、あり

ますが、違う地方のお店の方がカルチャー

ショックもあり、より勉強となるでしょう。

 

 

 

ヒストリー、話しがそれましたが

また明日の当グログで続きを記事

といたしますね<m(__)m>

 

 

 

本日もお読みいただき 誠に

ありがとうございました。

 

 

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なら何でもご相談、承り必ず

最善のお応えをいたします。

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