呉服のいちこしヒストリー?
ブログ 2026年9月17日

Vol.3497
本日は、『呉服のいちこしヒストリー?』です。
岡崎市の「呉服のいちこし」
和装を選ぶ楽しさと、纏う喜びを
全力サポートいたします。
ご訪問ありがとうございます.
当店が、創業したのは西暦1921年
大正10年の事で祖父が、「古着屋」
を始めたそうです。
翌、大正11年2月17日には、父が
誕生しその後は、次々と9人を
もうけた祖父母でした。
父は、次男でしたが長男が戦死
したために祖父の商売を継いだと
言っていました。
元々、父は尋常小学校を卒業した後
「子ども服屋」さんに丁稚奉公して
いたのを進路変更となった様です。
そのまま、「子ども服屋」さんで
働いていて独立したら、今の呉服屋
とは、なっていなかったでしょう。
私が、小学生の頃の当店は父とすぐ
下の弟と二人で自宅に品物を置いて、
「かつぎ屋」さんの様に外商ばかりでした。
父は、何んとかお店を持ちたいと
思いがつのりその頃のメインお取り
引き先、名古屋の問屋さんの社長に相談。
当時、丁度岡崎市では老舗の呉服屋
さんが、お店を閉める事となり、
その後を購入したら?、となった様です。
資金は、父が銀行さんから半額を
調達し残りは、その問屋さんが
援助してくれると言うものでした。
その話を詰める前に父の叔父(祖父の弟)
から合同で商売をしないか?との話しが
持ち込まれた、との事。
父の叔父も岡崎市で呉服屋を店舗を
持って家族経営していましたが、高齢
となりパートナーが欲しかった様です。
父は、高額な資金調達をするよりも
叔父の店舗で共同経営をする方が
リスクも減り、そちらに舵を切ったのです。
その時、父の弟も勿論、共同経営者
のひとりとなりましたが、後に独立
します。
こうして、叔父と父兄弟で始めた
お店が「呉服の一越」で、私が
この道はいるまで続いたのです。
その頃の父は、商売人として
脂が乗りきっていましたし、
呉服業界も右肩上がりの時代。
父は、野球が好きで地元のクラブチーム
に所属していて、日曜日には、岡崎公園
グランドで試合をしていました。
ですので、日曜日は仕事はお休み
で、お店の定休日の火曜日もお休み
と言う週休二日をしていたのです。
今日は、長くなりましたので
この続きは、明日の当ブログで
記事といたしますね<m(__)m>
本日もお読みいただき 誠に
ありがとうございました。
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