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呉服のいちこしヒストリー?その2

ブログ 2026年9月18日

あなたのための特別な一着をご用意してお持ちしております。

Vol.3498

 

 

本日は、『呉服のいちこしヒストリー?その2です。

 

 

 

岡崎市の「呉服のいちこし」

和装を選ぶ楽しさと、纏う喜びを

全力サポートいたします。

 

 

ご訪問ありがとうございます.

 

 

 

今日9月18日より24節気「白露」の

末候で72候では、「玄鳥去」(つばめ

さる)ツバメが南方に帰って行く時季、と。

72候「玄鳥去」は、来週の火曜日

22日までで、23日からの24節気は

「秋分」となります。

 

 

 

「秋分」は、昼と夜の長さが、ほぼ

同じ長さとなります。そう言えば最近

日の暮れるのが、早くなりましたね。

 

 

 

そんな今日の当ブログは、昨日の

「呉服のいちこし」ヒストリー?

続きを記事といたします。

 

 

 

父の叔父と父兄弟での共同経営で

始めた「呉服の一越」は、主に

玄人さんが、お客様でした。

 

 

 

和服姿の玄人さんと言えば「芸者」

さんで、芸者さんはそれぞれの「置屋

(おきや)」さんに所属していました。

 

 

 

ですので、父たちは午前中か午後の早い

時間にそれぞれの「置屋」さんに出向き、

商売をしていた様です。

 

 

 

また、良い旦那さんを持った芸者

さんは、旦那さんにおねだりをして

着物などを買ってもらっていました。

 

 

 

ま、芸者さんが選ぶ着物も旦那さん

次第と言う、何んとも良い時代だった

様ですね。

 

 

 

ですが、次第に芸者さんも減り

出した時に父たちは、素人さん

のお客様を開拓し始めます。

 

 

 

ま、それでも呉服業界が、右肩上がり

の時代でしたので、普段に着物を着用

している着物好きの素人さんもおられました。

 

 

 

そして、叔父の息子さんが、呉服の

勉強先から帰ってきたのが昭和46年

(西暦1971年)で勿論、一越に入社。

 

 

 

その頃の一越は、父が主力で営業を

していた様ですが、何せ共同経営

なので、お給料は3人同額。

 

 

 

また、叔父さんの奥さんと母、父の

妹も働いていましたので総勢7名と

いう結構な人数の会社でした。

 

 

 

そうそう、社員旅行が2年以に1度あり

家族同伴で行われていたのも、今と

なっては、懐かしく思い出されます。

 

 

 

私が小学生当時は、土曜日が半ドン

で母が、お店に行ってしまうので

お昼ご飯は、自分で作っていました。

 

 

 

そして、年に一度行う店外催事での

「陳列会」の片付けのバイトをした

事もありました。

 

 

 

何せ、自宅と店舗が、違うため呉服

の事は、全然知らないまま大学生と

なり進路を決める4年生となりました。

 

 

長くなりましたので、この続きも

明日の当ブログの記事といたし

ますので、お楽しみに(笑)

 

 

 

本日もお読みいただき 誠に

ありがとうございました。

 

 

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なら何でもご相談、承り必ず

最善のお応えをいたします。

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