呉服のいちこしヒストリー?その4
ブログ 2026年9月21日

Vol.3501
本日は、『呉服のいちこしヒストリー?その4』です。
岡崎市の「呉服のいちこし」
和装を選ぶ楽しさと、纏う喜びを
全力サポートいたします。
ご訪問ありがとうございます.
昨日は、「七五三詣り」の記事となり
ましたが、一昨日からに続く「呉服の
いちこし」ヒストリー書きたいと思います。
叔父と共同経営になった事で和装の
本場、京都の問屋さんとのご縁を得た
父の活躍は、大変な事の様でした。
それもそのはず、京都の問屋さんで
見る品物は、父にとっては全く新しい
もので、全てが新鮮に見えたでしょう。
父が、そう見えたと言う事は、
お得意様にご覧いただく時も
お客様は新鮮な事だったでしょう。
そして、段々と素人さんのお客様も
増えていき順調な業績を上げていた
時に私は、大学生となっていました。
大学は、工業大学の機械科に進み
末はエンジニアになる事と思って
いましたが、勉強はしません。
大学1年の時は、電車通学でしたが
2年になる時、兄が就職し赴任先が
東京となりました。
当分は、車は必要ないと言う事で
私が乗る事となりましたが、360㏄
の軽自動車では、通学は大変。
と言う事で、普通自動車を中古で
探す事となりましたが、当時若者
に人気だった車が日産サニー。
当時、シフトはオートマチック
ではなく、チェンジで4速が一般的
な選択でした。
しかし、私は、5速車が欲しいと思い
サニークーペの5速車を探して探して
探して見付けました。
ネットなど時代に車を探すのは、足で
見つけるしか方法が、ありませんでした
が、偶然見つかりました。
で、そのサニークーペで一躍、通学
となり、その頃になると大学の友達も
車通学にシフトしていったのです。
2年、3年と進級はしましたが、何せ
勉強をしないので、試験の前はそれは
大変な思いをしました。
友だちにノートを借りて、まずは
コピーをします、それから勉強と
なりますが、そこで満足しちゃいます。
試験勉強もせずに試験を受けるので
当然、点数は取れませんが、何故か
進級は出来たのです。
そんな事では、エンジニアなど
なれるはずもなく4年になると
就職の話しとなります。
出来の悪い学生の就職先は、車の
営業のようなものばかりで、私は
そこで考えました。
同じ、営業職なら車でも呉服でも
一緒、ここは「呉服の一越」に
就職しても良いか?と。
そこで、思案し車を買い替えてくれ
たらその様にすると父にその旨を伝え
ました。
すると、父は直ぐに車を買い替えて
くれましたし、学校の担任教授にも
そう伝えました。
そこから、私の知らない所で私の
呉服の勉強先が、いろいろと候補
が上げられていたのです。
長くなりましたので、この続きは
明日の当ブログの記事といたします<m(__)m>
本日もお読みいただき 誠に
ありがとうございました。
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なら何でもご相談、承り必ず
最善のお応えをいたします。



