私の履歴書。呉服屋になった理由は? | 着物・貸衣装・レンタルなら岡崎の「いちこし」へ。

呉服のいちこし

0564-22-3259

ブログ

私の履歴書。呉服屋になった理由は?

ブログ 2019年7月7日

Vol.877

 

本日は、私の履歴書。

呉服屋になった理由は?です。

 

岡崎市の呉服屋、呉服のいちこし。

 

着物を装い素敵になり、

ほめられて笑顔になる、

笑顔作りアドバイザーの

山脇寿人です。

 

ご訪問ありがとうございます。

 

 

大学4年の春、就職難の年に

今のままの成績では就職口が

無い事を薄々自覚していた時、

学科でも優秀な学生が

(株)デンソーの就職試験に

落ちた事が分かりました。

 

 

自分の能力での就職先は、

車のセールスマンがある位でしたし

やりたい事があった訳でもありません。

 

 

 

車のセールスマンなら父の呉服屋でも

セールスが仕事だから同じかと思い

「車、買い替えてくれるなら呉服屋継ぐよ」

軽い気持ちで言った所、直ぐに買い替えてくれました。

 

 

 

そんな不純な動機で選択した呉服屋。

自宅とお店が違っていたので

呉服の呉の字も知りません。

 

 

まずは、他店で勉強をと言う事で

当初は大阪心斎橋の有名店

「小大丸」さんにお世話になる事が

決まっていましたが、「小大丸」さんは

大店で寮生活が基本。

 

 

当店は、家族経営の小さな店。

そんな大きなお店では、

帰って来た時に役に立たない

事が多いとその時メインの取引先の

専務さんに言われ、急遽変更

本店が田辺市にある「丸三呉服屋」さん

支店は神戸で「丸三イトカワ」の屋号で

専務さんが実質、取り仕切っておられました。

 

 

神戸の専務さんに面接をされて、

何故か就職が決まり、

ご自宅に住み込みする事も

同時に決まりました。

 

 

その時、専務34歳ハツラツと

していらっしゃいました。

 

 

それから、実際に住み込んでの

お話は機会がありましたら

また書かせていただきます。

 

 

本日も、お読みいただきありがとうございます。

記事一覧に戻る

先頭へ

Copyright (C) ICHIKOSHI All Rights Reserved.